定専坊本堂 令和大修復事業

定専坊本堂
令和大修復事業の概要

「定専坊本堂 令和大修復事業」vol.14 ~棟の瓦が組みあがりました~

今年の梅雨は記録的な短さだったとニュースを賑わしています。
そんななか瓦工事も終盤を迎えました。

 

瓦工事を担当いただいている職人さんに「棟が終わったらもう終わりが見えてきましたね」と話しかけると・・・
そうですね・・・「あとは大屋根の降棟(くだりむね)が4か所と隅棟(すみむね)が4か所、入母屋(いりもや)にも降棟(くだりむね)4か所あるんでね~」
とのことでした(笑)

本当に暑い中での作業に感謝してもしきれません。

「定専坊本堂 令和大修復事業」vol.13 ~お寺のシンボル鬼瓦と懸魚~

皆さんはお寺の本堂と言ったらどんなものをイメージされますか?
お寺勾配のある高い屋根。そこには大きな鬼瓦となんだか不思議な飾りつけ。。。
このセットを見るとお寺らしさを感じる方も多いのではないでしょうか。

(鬼瓦)
※取り付け前の写真撮れなかった、、、

(懸魚)

(すべての鬼瓦に家紋の菊水)
※小さいサイズのものがまだありました。

ちなみに、なぜこのようなデザインなのか・・・
日本の伝統家屋のシンボルとして今に伝わる鬼瓦は「魔除け」。懸魚は水に強い魚の飾りを屋根に取り付けることで「火除け」の意味が。
古い蔵などの妻壁に「水」と書かれているのを目にしたことがありますが、あれと同じ意味が込められているのですね。

「定専坊本堂 令和大修復事業」vol.12 ~瓦葺きも中盤に~

梅雨入りも間近ということもあり、瓦葺きの作業も急ピッチで行われています。
写真3枚目の半分だけ作業が終わった大屋根というのは珍しい光景ですね(笑)。なんか不思議な感じがします。

大屋根の修復は50年~100年に一度と言われています。
こんな光景二度と見ることはないのでしょう( ^ω^)・・・

「定専坊本堂 令和大修復事業」vol.11 ~瓦葺き開始 土を使わない工法で~

ゴールデンウィーク明けから、いよいよ瓦葺きが開始されました。
はじめに基礎となる桟を格子状に打ち、そこに瓦を銅線で固定していく工法です。

そう!今回の工事では土台となる土を一切使いません。昔の家屋では瓦の下にどれだけ土を乗せたかが一種のステータスになっていましたが、最近ではやはり耐震性を意識して軽量化が進んでいます。
完成した際には従来の屋根に比べ重さが三分の一になるとのこと!!

梅雨入りを前に防水シートも敷き終えていただきました。
職人の方々の一糸乱れね動きに感激しながらいつも拝見しています。

「定専坊本堂 令和大修復事業」vol.10 ~木工事終了間近。破風板の取り付け~

このところ雨などの影響で大屋根の木工事は行われていなかったのですが、いよいよ大詰めです。
日本家屋のシンボルともいえる「破風」の取り付けが行われました。

(間近に見ると大きさに圧倒されます)

 

(専用の足場を組んで職人さん4人がかりで取り付け)

お寺の本堂と言えば「切妻」に大きな「破風板」、そして「妻飾」として「懸魚」を思い描かれる方も多いのではないでしょうか。
今回の工事では「国産ヒバ材」を加工いただき新調いただくこととなりました。
↑↑↑↑↑
今回の工事で知った言葉を一生懸命並べてみました(笑)

「定専坊本堂 令和大修復事業」vol.9 ~安心・安全な本堂へ~

大屋根の木工事も終盤に入り、間もなく瓦葺きが始まろうとしています。
さて、以前にも少しご紹介をしましたが、今回の修復事業では屋根瓦の葺き替えや壁の修復などに加え、いつくるか分からない自然災害に備え耐震工事も行われています。
雨の日にはこうした室内の工事も並行して行うことで、工期の短縮にもご尽力いただいています。大工さんに感謝感謝です。

(柱の補強と耐震壁の設置)

(基礎部分の補強)

(屋根裏補強)

「定専坊本堂 令和大修復事業」vol.8 ~もともとの設計と新しい工法~

本堂の木工事も中盤に差し掛かってきました。
現在は小屋(屋根裏)を中心に作業がすすんでいます。補強の方法や作業の進捗とともに面白いお話しが聞けました。
「これは明治以降に入ってきた新しい工法ですよ」写真2枚目

もともとの工法(建築された当時の工法)
※棟に向かって柱がまっすぐ立っています。

新しい工法(明治以降に入ってきた新しい工法)
※棟木を合掌つくりの柱で支えています。

定専坊の本堂は江戸時代のものです。
しかし、明治30年に淀川の河川工事に伴い現在の位置に移転することになり、その際にも修復がなされました。
このようなことから、棟をささえる柱は江戸時代の工法と明治時代に採用された新しい工法の二つがまじりあって大屋根を支えているそうです。
歴史を感じますね。

木工事も中盤

あるとき、
「中入ってみてください!」と大工さん。
「わかりました。行ってみます」と私。

これが大変・・・屋根の角度で登るのも大変。その構造の複雑さに足の踏み場もわかりません。何とかたどり着いたものの、大工さんの足腰の強さに改めてびっくりです。

「定専坊本堂 令和大修復事業」vol.7 ~本堂は乗っているだけ??~

新年を迎え1/6から工事も再開されました。
寒いなかでの作業に工事関係者の皆さまには感謝しかありません。
さて、この以下2枚の写真は本堂の基礎部分を撮影したものです。
そう。本堂の基礎部分は天然の石(束石)の上に乗っているだけなのです!!
しかもずれているのか今にも落ちそうなところもΣ(・□・;)

 

今回の修復事業では耐震補強も行われており、基礎の強化と耐震壁の設置が行われています。

「せっかくきれいにしてもつぶれてしもたら元も子もない」

ある役員会でのお言葉を思い出し、皆さまのお寺を想うお心に改めて喜びを感じています。

(基礎補強工事)

(耐震壁に改築中)

「定専坊本堂 令和大修復事業」vol.6 ~丸い木材~

師走に近づき、寒さも日に日に増してきました。そんな中でも大工さんの作業は続いています。感謝感謝です。
現在は大屋根や本堂内陣の土台となる木材の改修・補強が行われているのですが、パッと目にして気になったのは至る所に使われている丸い木材・・・
現代の家などにはあまり見らせません。
大工さんに「丸い木材がいっぱい使われていますね??」と聞いてみると、昔は角材にするのに手間がかかったので基本は丸い木材だったと教えてくれました。

定専坊の本堂は江戸後期の建物。
丸い木材をみて時代の流れと技術の進歩を感じました。

(屋根の瓦がきれいに取り除かれました)

 

(古い木材(丸)と新しい木材(角)が混在。修復した時代によりこのような状況になったようです)

「定専坊本堂 令和大修復事業」vol.5 ~足場組みから旧瓦の撤去作業~

11月1日(月)から本格的に始まった工事は、足場の組み立てから瓦撤去へと進んでいきます。
毎日まいにち「早いな~」「すごいスピードでやらはんな~」との感想とともにすすんでいきます。

 

「定専坊本堂 令和大修復事業」vol.4 ~遷座法要から仏具の運び出し~

令和3年10月27日(水)・28日(木)に報恩講法要と遷座法要を勤修し、その翌日からすぐに仏具の運び出しを開始しました。
お寺に住まいをさせていただき40年以上になりますが、こんなに間近で御本尊に手を合わせたことも、何もない広い本堂を見たことも初めてです。
どこに居て下さっても変わることのない阿弥陀様のお慈悲を改めて感じることができました。

「定専坊本堂 令和大修復事業」vol.3 ~仮本堂について~

ご案内をしました通り、令和3年11月から「定専坊本堂 令和大修復事業」を実施します。工事期間は約6カ月から8カ月ほど(令和3年11月~令和4年5月頃)を見込んでいます。
その間ご本尊(阿弥陀如来)を書院にご安置し、仮設本堂として利用する予定です。
これまで通りお寺での法事や月参りにもご利用いただけますのでお気軽にお問い合わせください。

仮本堂入口(書院玄関)

仮本堂入口(書院玄関)

 

仮本堂(書院)

仮本堂(書院)

 

「定専坊本堂 令和大修復事業」vol.2 ~報恩講法要・遷座法要について~

毎年、秋の時期には宗祖親鸞聖人の報恩講法要が勤修されます。今年はこの法要の際に「定専坊本堂 令和大修復事業 遷座法要」を併せて行います。
本事業にご協力を賜りました皆さま、当山に有縁の皆さまはぜひともお参りください。
また、春の永代経法要が延期になっていましたので、こちらも併せてお勤めします。

〇横玉山 定専坊
<宗祖親鸞聖人報恩講法要・永代経法要・定専坊本堂 令和大修復事業 遷座法>

日時:令和3年10月27日(水)14:00~16:00
<宗祖親鸞聖人報恩講法要・永代経法要>

令和3年10月28日(木)14:00~16:00
<宗祖親鸞聖人報恩講法要・定専坊本堂 令和大修復事業 御遷座法要>

講師:星野 親行 先生 本願寺派布教使(西法寺住職)

改修前最後の法要です

(修復事業前の最後の法要です)

※各法座は感染対策を行い実施します。皆さまマスク着用のうえどうぞお参りください。

「定専坊本堂 令和大修復事業」vol.1 ~修復事業を実施します~

聞信徒の皆様には、日頃より麗しくお念仏ご相続のことと、お喜び申し上げます。また定専坊護持のため、何かとご苦労頂いておりますこと、この場を借りて改めてお礼申し上げます。
さて当山は蓮如上人ご勧化の旧跡として、また石山本願寺の梵鐘を伝承する名刹として、古くより地域の皆様に護持されて参りました。明治年間には淀川改修に当たって当地に移転し、その後も前々住職を中心として伝承されてきましたが、ご承知のように、楠住職のご往生と共に、しばらくの間無住の寺院として、存続を余儀なくされてきました。
昭和四十一年、前住職 山本佛骨がご縁によって当山に入寺させて頂きましたが、その折りには当時の復興委員の方々を中心として、大きな改修が行われました。五十五年前のことになります。
お気づきの方も多いと存じますが、瓦はそれ以前のものを、そのまま用いて吹き替えのみ行われ、今日まで維持されてきました。またいま屋根にも大きなうねりが生じつつあります。業者によると、梁などに修復補完の必要な箇所もあり、地震対策なども勘案すると、現在の工法で土を使わない方法での吹き替え、壁の強化などが提案されました。

令和2年より門徒役員の方々を中心に協議を重ね、門徒総会でお諮りするなどして、今秋よりこの大事業を実施することと致しました。
この間、会議の度に頭を悩ませてくださった役員の皆様、高齢化に加えコロナ禍の大変なかご理解をいただきました門信徒の皆様に改めて御礼を申し上げます。有難うございます。

 

江戸時代の形を今に伝える本堂

(江戸時代の形を今に伝える本堂)

 

文化七年(1810年)記載の瓦

文化七年(1810年)記載の瓦

五十年に一度の大事業になります。工事期間中はご迷惑をおかけしますが、なにとぞご理解のほどよろしくお願い申し上げます。

定専坊 住職
山本攝叡