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『定専坊鐘楼堂修復事業』vol.5 ~『石山本願寺梵鐘』信長との石山合戦から今に至るまで②~

(①からのつづき)
結局、石山合戦には約10年にも渡る長い月日を費やすこととなりますが、信長はこれを力で抑え込むことはできず「講和」によって終結します。しかし直後、護衛が手薄になった隙に信長によって火が放たれ、石山本願寺は三日三晩燃え続けました。
火が広がる最中に境内地にあった梵鐘が運び出され、現在の大川から淀川を遡上して定専坊の寺内にこれが保護されました。
約450年前の出来事です。

その運び出された際の詳細は定かではありますせんが、人力も運搬用具も乏しいなか、おそらく転がしながら運んだものと考えられています。その痕跡として、釣鐘の表面上部に多数並んでいるいぼ状の小突起、乳の間(ちのま)が欠けてしまっています。その他の先っぽも地面にすれた跡が残っています。

今回の修復事業ではあえてこの乳の間(ちのま)は補修せず、その歴史を感じるものとして、そのままの状態を維持することとしました。修復後に参拝された際にはぜひご覧になってください。

【参考】この小突起は『梵鐘』に必ずと言って良いほど装飾されており、その多くは、煩悩の数と同じくが108個並べられています。